東京医科歯科大学大学院 疾患生命科学研究部・生命情報科学教育

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難治疾患研究所 難治病態研究部門 神経病理学分野

教授 岡澤均
准教授 榎戸靖

http://www.tmd.ac.jp/mri/npat/index.html

研究内容

当分野は、1)神経変性疾患の分子機構の包括的理解とこれに基づいた治療開発を目指した研究、2)神経変性疾患研究の過程で発見したPQBP1の分子機能解析を通じた精神遅滞の研究、3Oct-3/4の機能解析を通じた幹細胞分化機構の研究、を行っている。本年度は特に1)について成果があった。

研究紹介

1.神経変性の共通分子機構の解析

神経変性疾患の発症機構解明と治療開発に関して近年研究が著しく進展している。異常タンパクの構造解析、凝集機構、異常タンパクモノマー・オリゴマーによる細胞機能障害など新しい知見が報告されている。この中で、いずれの変性疾患も分子病態の大筋は共通しているということが明らかになってきた。すなわち、沈着前の異常タンパクが正常タンパクと結合して細胞機能あるいは神経情報伝達を阻害することにより(図1)、認知障害、不随意運動、運動障害などの神経症状を引き起こすというスキームが見えてきた。

 

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図1 説明:異常蛋白は構造変化により凝集性が高まり。モノマーからオリゴマー、ポリマーと凝集する。この過程で、様々な正常蛋白結合し、場合によっては凝集体(封入体)に引き込む。今日の研究では、ポリマー(封入体)に毒性があるのではなく、モノマーもしくはオリゴマーに毒性があると考えられている。 

 

私たちの研究室が取り組んでいるポリグルタミン病は、アルツハイマー病、パーキンソン病に次いで頻度の高い神経変性疾患であり、基本的に他の変性疾患と共通した病態を有している。ポリグルタミン病はこれまでに9種類が知られており、それぞれの疾患遺伝子は異なるが、いずれもポリグルタミン配列を持っている。カスパーゼなどのタンパク分解酵素で短い断片となるに従って、凝集性と毒性が高まっていく。 

短くなったポリグルタミン断片はユビキチン・プロテアソーム系によっても完全に処理することが出来ず、プロテアソーム周囲にアグリゾームとして沈着し、このため逆にプロテアソーム活性を阻害する。そのため、細胞はオートファジーも動員して異常タンパクを処理しようとする。したがって、加齢とともにプロテアソーム・オートファジー機能が低下すると、異常タンパク処理は不完全となり、細胞内の異常タンパク濃度が高まっていく。 

最近の複数の報告によれば、細胞内の異常タンパク巨大凝集物である封入体を持つ細胞は長期生存する傾向にあることが知られている。このことは、細胞内のタンパク分解系が異常タンパクを処理しきれなくなった段階では、封入体系性がむしろ細胞生存維持に働くことを示している。つまり、凝集前の異常タンパクのモノマー・オリゴマーに細胞毒性あるいは機能障害性があることを意味している。 

では、加齢とともに増加する凝集前異常タンパクはどのような細胞機能障害を引き起こすのだろうか?異常ポリグルタミンタンパクがmRNAから翻訳された直後にミスフォールディングして小胞体ストレスを起こす可能性がある。小胞体ストレスは翻訳抑制、シャペロン遺伝子発現誘導とともにアポトーシスシグナルを誘発することで有名である。しかし、ポリグルタミン病ヒト患者脳においては、異常タンパクは胎生期から発現しているにも関わらず、発症前からアポトーシスによって神経細胞が減少しているという証拠はない。むしろ最近のトランスジェニックマウスのデータからは細胞死の前から症状が出ることを示している。そこで、転写障害、シナプス伝達障害、軸索輸送障害(ハンチントン病に限る)などが可能性として残ってくる。一方、複数の実験結果は核に異常タンパクが移行することが病態の進行の上で不可欠であることを示唆している。 

私たちは、このような先行する実験結果についての考察のもとに、ポリグルタミンタンパクの核移行によって生じる可溶性核タンパクの変化が病態のカギを握るものと想定した。そこで、約4年前から科学技術振興機構・戦略的創造科学推進事業さきがけ研究のプロジェクトとして、ポリグルタミンタンパク発現下の神経細胞の可溶性核タンパクのプロテオーム変化を解析することにした。 

はじめに、初代培養神経細胞にアデノウィルスベクターでポリグルタミンタンパク発現する実験系を立ち上げた。モデルマウスの脳組織、あるいはヒト患者脳サンプルを用いることも考えられるが、これらの場合にはグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリア)あるいは血管系の細胞、髄膜細胞の混入は避けられない。また、ヒト脳の場合は当然のことながら生前の治療経過は様々であり、死後変化も推定が困難な部分が除き得ないので、真の意味でのコントロールが難しい。初代培養神経細胞にはこのような面での心配はほとんどないと言える。また、アデノウィルスベクターを用いた場合のポリグルタミンタンパク発現量はあまり高くなく、アーティフィシャルな影響の心配も比較的少ないと思われた。 

可溶性核タンパク抽出には、転写研究での古典的手法を用いた。Dignamによって開発されたこの技法は極めて多数の転写因子の発見に貢献してきた。大脳、小脳、線条体の3種類の神経細胞に、ハンチンチン、アタキシン1の正常タンパク発現;変異タンパク発現;空アデノウィルスベクターの計6種類のウィルスを感染させ、得られた可溶性タンパクを2次元電気泳動で解析し、各スポットの量的変化を解析する一方、スポットを切り出して質量解析からタンパクを同定した。2次元電気泳動では約400個のスポットが、それぞれの神経細胞で定常的に認められたが、うち約200個を解析に掛け、約60個を同定した。その結果、ハンチンチン、アタキシン1の発現により、脆弱性が個体レベルで認められる組み合わせで、共通して減少を示すものとしてHMGBを同定した。 

HMGBDNAの高次構造変換あるいはDNAのヒストンからの解きほぐしの際に必須な核タンパクである。HMGBが欠乏すると、DNA損傷修復や転写などの細胞機能に支障が起きることが想定される。実際に、ハンチントン病モデルマウスの神経細胞あるいは異常ハンチンチンを発現した初代培養神経細胞では、DNAストレスシグナルの亢進と転写抑制が観察された。また、HMGBを補充することによって、核ストレスシグナルの正常化とともにショウジョウバエレベルでの変性抑制が観察できた(図2)。以上の結果は、Nature Cell Biology に報告した(Qi et al., Nature Cell Biology 2007)。

 

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図2 説明:cの原因遺伝子アタキシン1をショウジョウバエの複眼に発現させると視神経細胞の変性の為に rough eye を生じる。ここに、さらにHMGB1を共発現すると rough eye が軽減する。

 

2.神経変性の特異性の分子基盤

一方、昨年の年報にも一部紹介したように、変性の特異性に関わる病態として、異常ハンチンチンによる小脳神経細胞特異的なhsp70の上昇を報告した(Tagawa et al., Journal of Neuroscience 2007)。神経変性疾患の共通性と特異性はそれぞれの分子によって引き起こされる分子ネットワーク変化のなかに、共通性と特異性があり、それらの総和として個体レベルの症状が現れてくるのかもしれない(図3)。

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図3 説明:ハンチントン病態と脊髄小脳変性症1型病態の比較。共通して病態に関与する分子群と、それぞれの病態に特異的に関与する分子群がある。これらの総和として変性病態が成り立っている可能性がある。 

 ハイライト

本年度に得られた私たちの研究成果は、ポリグルタミン病神経変性にDNA損傷修復障害が関与していることを示している。ポリグルタミン病異常タンパクはHMGBと結合することを通じて、後天的にDNA損傷修復を阻害する(ハイライト図1)。一方、一部の劣性遺伝形式の変性疾患や早老症候群はDNA修復タンパクの遺伝子変異によって起こることが知られている。したがって、早老症と同様な分子過程が後天的に起こるのが、ポリグルタミン病態であるとの考え方もできる(ハイライト図2)。

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ハイライト図1 説明:外界からの放射線あるいは転写に伴う内因性のDNA損傷が神経細胞には常に生じていて、これを修復することが必要である。ところが、ポリグルタミン蛋白が HMGBに結合して機能を阻害するとDNA修復が妨げられ、結果として損傷が不十分になる。放置されたDNA損傷は神経細胞の生存に必要な核機能の障害につながる。

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ハイライト図2 説明:早老症では老化の進行が生後間もなくから始まる。これに対し、ポリグルタミン病では異常ポリグルタミン蛋白がある一定量に達するまでに時間がかかる(中年発症)。その後は、早老症と同様な老化過程が始まるのかもしれない。

業績目録

原著

  1. Tagawa K, Marubuchi S,Qi M-L, Enokido Y, Tamura T, Inagaki R, Murata M, Kanazawa I, Wanker E.E, and Okazawa H.2007The induction levels of hsp70 differentiate the vulnerbilitiees to mutant huntingtin among neuronal subtypes. Journal of Neuroscience 27,868-880
  2. Qi ML, Tagawa K, Enokido Y, Yoshimura N, Wada YI, Watase K, Ishiura SI, Kanazawa I, Botas J, Saitoe M, Wanker E.E, and Okazawa H.2007 Proteome analysis of soluble nuclear proteins reveals that HMGB1/2 suppress genotoxic stress in polyglutamine diseases. Nature Cell Biology 9, 402-414

著書・総説

  1. Okazawa H.2007)“POLYGLUTAMINE DISEASES in Handbook of Neurochemistry and Molecular Neurobiology: Neural Protein Metabolism and Function, Edited by A Lajtha, SpringerISBN 9780387303468
  2. 岡澤均 (2007) オミックス網羅的解析から見えてきたポリグルタミン病の分子機構、実験医学 vol. 25, page 1981-1987.
  3. 岡澤均(2007) 核内HMGBタンパク減少によるDNA損傷修復活性低下が神経変性を起こす。細胞工学 vol. 26, page 796-798.
  4. 岡澤均(2007)神経変性はアポトーシスか? 生化学 79: 157-162

国際学会

  1. Hitoshi Okazawa, Mei-Ling Qi. Proteome analysis of soluble nuclear proteins unravels a novel cell-protective role of HMGB1/2 to suppress genotoxic stress in the polyglutamine disease pathology. Gordon Research Conferences 2007 Meeting, CAG Triplet Repeat Disorders, Centre Paul Langevin,Aussois, France 2007.5.13-18
  2. Hitoshi Okazawa, Mei-Ling Qi.  Proteome analysis of soluble nuclear proteins unravels a novel cell-protective role of HMGB1/2 to suppress genotoxic stress in the polyglutamine disease pathology  Meeting on the Molecular Mechanisms of Neurodegeneration, Milano, Italy 2007, 5.19-21
  3. Yasushi Enokido.Cystathionine beta-synthase, a key enzyme for homocysteine metabolism, is preferentially expressed in the radial glia/astrocyte lineage of developing mouse CNS.The 6th Conference on Homocysteine Metabolism, World Congress Hyperhomocysteinemia, Saabruecken,Germany,2007,6.5-9
  4. Takuya Tamura, Daisuke Horiguchi, Yi-Chung Chen, Ann-Shyn Chiang, Masaki Sone, Hitoshi Okazawa. A novel Drosophila model for human mental retardation caused by PQBP-1 gene mutation. Cold Spring Harbor Laboratory 2007 Meeting on Neurobiology of Drosophila, New York, 2007, 10.3-7

国内学会

  1. 田村拓也、堀内大輔、岡澤均「新たな精神遅滞モデルショウジョウバエ、PQBP1変異体の解析」第30回日本神経科学学会 パシフィコ横浜   2007,9.10-12
  2. 高橋慧子、Hong Luo、田川一彦、安達(玉盛)三美、北嶋繁孝、岡澤均「PQBP1の細胞周期への関連性について」 第30回日本神経科学会大会   パシフィコ横浜 2007,9.10-12
  3. 羅 宏、高橋慧子、岡澤均 「神経幹細胞の増殖に関わる分子PQBP1」第27回神経組織培養研究会 東京医科歯科大学Ⅰ期棟講義室1 東京 2007.10.13
  4. 羅 宏、高橋慧子、岡澤均 「神経幹細胞の増殖に関わる分子PQBP1」第20回再生医療・細胞治療研究会 東京医科歯科大学歯学部特別講堂 東京 2007.6.2
  5. Hong Luo, Keiko Takahashi, Yun-Long Qi, Mami Terao, Mikio Hoshino, Tina Rich, and Hitoshi Okazawa Functional deficiency of PQBP1 impairs cell cycle progression of neural stem cells through a splicing factor U5-15kD」 第30回日本分子生物学会年会 パシフィコ横浜  2007.12.11
  6. 岡澤均 「Polyglutamine binding protein-1PQBP1)異常による小頭症の分子発症機構」厚生労働省精神神経研究委託費「精神遅滞リサーチ・リソースの拡充と病因・病態解明をめざした遺伝学的研究」班 平成19年度第2回班会議 国立精神・神経センター 東京 2007.11.22
  7. 岡澤均 「ポリグルタミン病態における核ストレスの解析と治療応用」 平成19年度特定領域研究「病態脳」冬の領域班会議 学術総合センター 東京 2007.12.24
  8. 岡澤均 「ポリグルタミン病態における核ストレスの解析と治療応用」平成19年度 特定領域研究「統合脳」夏のワークショップ 「病態脳」平成19年度夏の班会議 北海道 2007.8.21-24
  9. 岡澤均 「プロテオミクス解析によって明らかになった新しいポリグルタミン病態としてのゲノトキシックストレス」 第30回日本神経科学大会 パシフィコ横浜 2007,9.10-12
  10. 榎戸靖 「ラジアルグリア/アストロサイト特異的アミノ酸代謝異常と精神神経疾患」神経組織の成長・再生・移植研究会 第22回学術集会 岡山コンベンションセンター 岡山 2007.5.26
  11. 榎戸靖 「アストロサイトにおけるアミノ酸代謝異常と精神神経疾患」 第50回日本神経化学会大会 パシフィコ横浜 2007,9.10-12

招待講演・セミナー

  1. 岡澤均 「ポリグルタミン機能病態としてのDNAストレス」平成19年度 特定領域研究「統合脳」夏のワークショップ 「病態脳」平成19年度夏の班会議、シンポジウム、北海道、20078.21-24
  2. 岡澤均 「神経変性疾患における神経細胞死の分子機構」 厚生労働省「筋萎縮性側索硬化症の画期的診断・治療法に関する研究」班 平成19年度ワークショップ「ALS研究の最前線」 学術総合センター 東京、2007.9.7
  3. 岡澤均「ポリグルタミン病態の網羅的オミックス解析から見えてきたもの」 東京大学大学院総合文化研究科 生命環境科学系セミナー 東京 2007.4.27
  4. 岡澤均 「神経変性メカニズムの研究最前線」 神経研究 Hot Spot 2007 リーガロイヤルホテル   大阪 2007.9.21
  5. 岡澤均 「神経変性の研究最前線:オミックス解析から見えてきたポリグルタミン病神経変性メカニズム」 横浜市立大学大学院COEプログラム特別セミナー 横浜 2007.11.28

研究助成金

新聞・マスコミ発表

  1. 2007年(平成19年)42 日 東京新聞 『DNA修復タンパクが減少 難病の神経変性疾患で』
  2. 2007年(平成19年)42 日 京都新聞 『DNA修復タンパクが減少 難病の神経変性疾患で』
  3. 岡澤均:神経変性疾患 −関連たんぱく質を特定 治療法開発も. 日本経済産業新聞, 3.26, 2007
  4. 岡澤均:HMGBたんぱく質が神経細胞を正常な状態に保つ作用を発見Nikkei Biotechnology Japan, 3.26, 2007
  5. 岡澤均:DNA修復タンパクが減少 難病の神経変性疾患で 共同通信, 4.2, 2007

雑誌紹介

受賞

学会主催: